1915年三重県生まれ。ディズニーに憧れ33年東宝の前身である京都J・Oスタジオの動画部門に入社。戦時中にアニメ映
画の制作をするが、まもなく実写映画の助監督となる。京都撮影所の閉鎖にともない東京撮影所に転勤となり中川信夫、阿
部豊らに師事。戦後の東宝争議で新東宝に移籍し、48年「花ひらく」で監督デビューする。監督第二作「三百六十五夜」が大
ヒットとなり、以後コンスタントに作品を発表する。
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「三百六十五夜」 (C)国際放映 |
「人間模様」(C)国際放映 |
「ビルマの竪琴」 |
東宝撮影所に通訳として勤めていた女性と48年に結婚。彼女は脚本家・和田夏十として市川監督の第三作「人間模様」を
手がけ、以来名コンビとなって市川崑監督の多くの作品の脚本を書く。
市川監督は50年代には「ビルマの竪琴」「炎上」、60年代には「おとうと」「東京オリンピック」、70年代には「犬神家の一族」、
80年代には「細雪」などを発表、長い期間にわたって巨匠として活躍した。近年も「どら平太」(00年)「かあちゃん」(01年)など
の作品がある。2006年には90才を越えて「犬神家の一族」をリメイクし、晩年になってもその製作意欲は衰えなかった。
市川監督はオーソドックスなメロドラマから、斬新な風刺喜劇、文芸ものなど幅広いジャンルで一級のエンターテインメント作
品を残してきた。娯楽作品の職人的な監督であると同時に、作家性の強い多くの名作映画を残した日本映画界には希有の
存在であった。2008年2月死去。