「短命映画規格の保存学的研究」をテーマとしたシンポジウムでは、35ミリフィルムが定着するまで映画史の中で長続きしなかった様々な映画規格の画像を交えた発表が行われ、短命映画規格のフィルムの保存・復元及び映写機材等の保存が主張されました。以下の発表及び発表画像は本大会で紹介された発表の一部です。


ヨーロッパ
「映画規格の考古学的研究」 ドナータ・ペゼンティ・カンパニョーニ(トリノ映画博物館)
「短命映画規格とその保存」 エリック・ル・ロワ (フランス国立映画センター・アルシーブ)
「プリシネマ映像装置の保存」 ローラン・マノーニ (シネマテーク・フランセーズ)
アジア
「香港における手彩色サウンド・フィルム」 洪源 (香港フィルム・アーカイヴ)
日本
「日本の小型映画の現状と保存 8mmフィルムを中心に」 八尋 義幸 (福岡市総合図書館映像資料課)
「紙フィルムの歴史と保存」 板倉 史明 (東京国立近代美術館フィルムセンター)、 松本夏樹 (映画コレクター、映画史家)
「玩具映画とその保存」 太田 米男 (大阪芸術大学)
「ベビートーキーとその時代」 草原 真知子 (早稲田大学)




























映画の誕生前には固定された画像(アナモルフォーズ、幻灯機にかけるスライド、パノラマ、ジオラマ、ポリオラマ等)、立体画像(遠近画像,透視画像、ステレオスコープ画像等)や動画(固定された画像を短いシーンに使用した玩具、固定された画像をフィルムで短いシーンに使用した幻灯機等)等数多くの画像規格があった。これらの画像規格は画像をある縦横比で表示させ幾つかは映画作りに受け継がれた。

玩具幻灯パノラマ乾板(パリ・1880年) アニメ幻灯乾板(イタリア 18世紀後半)
幻灯乾板「Dissolving Views」(ロンドン・1880年) プラクシノスコープ劇場用フィルム(パリ 1879年) 


幻灯用35ミリフィルム(イーストマン・コダック 1898年)

F.Alberini パノラマ70mm映画規格(イタリア 1911年)




































1960年代香港で流行ったモノクロ・サウンド・フィルムに手彩色を付け加える特殊映画規格は、香港映画史の中の短命映画規格の一つである。この映画規格は主に人に触れることなく「気」で相手に害を及ぼす「カン・フー」的な伝統武芸技をファンタジックに描く特殊効果を提供した。カラーフィルムが香港で標準並みに使われるにつれ手彩色モノクロ・フィルムは忘れ去られる運命を辿ることになる


写真提供:香港フィルムアーカイヴ















































フランス国立映画センター・アルシーブでは様々な35ミリ以下の短命映画規格プリント及び映写システムを保存・保管している。この中にはルミエール35ミリ、ポケット・クロノゴーモン15ミリ、パテー17.5ミリ、プランション・ミログラフ20ミリ、エディソン22ミリ、オザファンヌ・シネラックス23ミリ、パテー28ミリ等が含まれる


写真提供:フランス国立映画センター・アルシーブ




































シネマテーク・フランセーズでは、映像装置を4,000点保存している。映像装置とは別にこれらの装置にかける映像の保存にも力を入れている。


短命映画規格フィルム映写機材:左:ビルタック 右:ラピエール・シネマトグラフ
(写真提供:シネマテーク・フランセーズ)










































  

1923年に日本に輸入されたパテー・ベビー(9.5mm)やコダックの8ミリ、16ミリカメラは日本における映画作りの人気を高めた。ただ高額の機材であったため、これらのカメラの使用は富裕層の人間に限られていた。戦後スーパー8やシングル8の登場でカメラの価格が下がったことからアマチュア映画が流行し、8ミリ映画を対象とする映画祭まで誕生した。福岡市総合図書館では、8ミリで作られたカンヌ映画祭受賞作品の復元に成功している。また戦後初の日本長編アニメ映画「バクダット姫」(35ミリ)を東京国立近代美術館フィルムセンターと共同で復元している。


福岡市総合図書館映像資料課の8ミリ収蔵作品:左より「高校大パニック」、「仔熊物語」、復元作品「バクダット姫」









































日本では玩具の映写機で映画を家で楽しんでいた時代があった。スズ(ブリキ)で出来ていたこの映写機は小さい玩具でありながらも、断片で販売されていた35ミリフィルム、またこの玩具映写機専用に作られたフィルムを映写することができた。玩具映写機が流行したのはチャンバラ映画が人気を呼んだ日本サイレント映画の黄金期(1920年〜30年)だった。玩具映画フィルムの映画ジャンルは幅広く、アニメーションからニュースリール、また「軍神もの」と言われるプロパガンダ映画までを含み、歴史的資料としては貴重な位置をしめる。

           
「空の桃太郎」 「大忠臣蔵」 「暗打ち」 「血染めの十字架」 「中山安兵衛」

(写真提供:大阪芸術大学 太田米男教授)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





1930年代、紙フィルムの映写は日本の娯楽として人気を呼んでいた。この映画規格は独自の映写方式を持っていた。紙フィルムの駒はオフセット方式で印刷され、電気の光に当てて映写されていた。紙フィルムのメーカーとしては「Refcy」と「Kateitoki」があったが、今となっては殆ど残っていない。東京国立近代美術館フィルムセンターでの紙フィルムの収蔵は、ごく少ないものであるが今後紙フィルムを映画史とひとつとして位置づけ、保存していく方針を取っている。



写真:松本夏樹氏、小崎泰嗣氏 「日本最古のアニメフィルムと玩具映画」












































                              


鉄製の「ベビートーキー」は音楽をアニメーションと一緒に楽しめる機能をもった「覗き絵箱」のようなものであり、当時のSPレコードの中央に設置され、好きな音楽に合わせた家庭用の「トーキー映画体験」を実感することができた。「ベビートーキー」の素材としては日本伝統的なものもあればチャップリンのような西洋ものもあった。


 写真提供:早稲田大学 草原真知子氏